あえば直道はなぜアメリカへ行くことになったのか

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あえば直道さんはどのような人生を過ごしてきたのか、幼少期はどのような感じだったのか、それを振り返ってみると、決して順風満帆の人生だったわけではなく、もがきにもがき苦しみ、その中で活路を見出して快進撃につなげていった姿が見て取れます。さて、現在はアメリカ共和党の関係者として、トランプ大統領の誕生を予見してみせた1人としてアメリカでの活動をしていますが、なぜそこまでに至ったのか、その経緯をまとめます。


日本で精力的に活動していたあえば直道さんでしたが、2010年から2011年のシーズンに単身でアメリカに渡ることになります。普通は準備をしてから渡米するものですが、あえば直道さんはほとんど準備もしないまま渡米したまま、英語がほとんどできない状況でした。ボディランゲージでどうにかなるとはいえ、高度なコミュニケーションをとるにはどうしたって英語は必要です。そのため、あえば直道さんはアメリカでまず英語を学ぶところから始まります。最初はこんな感じですから、どこかの政党などとパイプがあって、コネクションがあるような感じにはなりません。ただ、あえば直道さんはそこで引き下がるような男ではないので、あえば直道さんの知り合いにお願いして、当時アメリカで大統領を務めていたオバマ大統領の一般教書演説を見させてもらうことに成功します。一般教書演説は、アメリカの状況はどのようになっているか、大統領としての見方を伝え、どのように課題を解決していくか、その意気込みを語るようなものです。オバマ大統領は何を考えているか、あえば直道さんは期待していましたが、いつまでたっても日本に対する話が出てきません。重要そうな国はいくつも出てくる中、日本が出てこない、この状況にあえば直道さんは日本の国際的な地位低下を感じ取ることになります。


これを受け、あえば直道さんはまずコネクションを作ろうと動き出します。友達に頭を下げ、共和党関連の税制改革に関する勉強会に参加、ここで話が盛り上がったということで、共和党の集会に参加することになります。この時、日本では東日本大震災が発生して間もない時期、日本の惨状は遠くアメリカにいるあえば直道さんの耳にも当然入ってきます。特にアメリカ軍が日本の被災地に入って復興支援を手伝った、いわゆるトモダチ作戦は日本人のハートに残っています。感謝の気持ちを伝えたい、そのような思いがあって、あえば直道さんは共和党の集会に参加し、色々なことに気づいていきます。